新世紀エヴァンゲリオン アニメ版 一気見の感想

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新世紀エヴァンゲリオン、これまで見た事がなかったのですが、中田敦彦さんのYouTubeでの解説を見て興味が俄然わいたので、今回一気見しました。

エヴァンゲリオン、いろんなゲームなんかでもコラボされていたりして今でも話題になるので面白いんだろうな、ぐらいしか知りませんでした。

昔、劇場版をいきなり友達と見に行ったんですが、もう何が何だかわかりませんでした。今ではその内容に関する記憶はほとんど残っていません。興味はあったけど今更みてみたいとは思わないよなー、仕事もあるし忙しいし。ってなわけで、エヴァンゲリオンって何かをほとんど知らずにいた私ですが、中田敦彦さんの魂のこもった超力作のYouTube動画を見て私の心も動かされました。中田敦彦さんの動画、前編が2時間半オーバー、後編が2時間10分オーバーの、とても長い動画なのですが、なんと、2回も見てしまいました。1.5倍速ぐらいで聞いたかと思いますが、それでも数時間かかります。

で、俄然興味が湧きました。契約中断していたネットフリックスに再び課金し、いざ、見始めました。そして、2日かかって見終わりました。

中でも、特に、21話以降が混み合った話になって来たので、マインドマップにまとめながら見たくらいです。

そんなわけで見終わったアニメ版1話から26話。せっかくですので、感想を書いてみたいと思います。大いにネタバレしてしまいますし、私の個人的見解が随所に入っていますので、ご容赦ください。

エヴァンゲリオンって、結局、何が言いたいアニメだったんだ?と、エヴァの樹海に迷ってしまった方の参考にもなればと思います。

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目次

監督が一番言いたかったことは? 無条件の存在価値

このアニメで庵野秀明監督が一番言いたかったことは何か。それは、締めの25話、26話にあると思います。庵野監督が一番言いたかったことは、「子供達よ、君たちはありのままで価値があるんだよ。」と言うことだと私は受け止めました。

その理由は、最後、主人公であるシンジが「自分は自分でいいんだ」と気づいたことによってまわりの尋問部屋のような風景はひび割れ、世界がシンジを中心に変わっていき、まわりの人たちに「おめでとう」と言って祝福されて終わるからです。

このアニメに出てくる主人公、碇シンジは、何のために乗りたくもないエヴァに乗せられているのか、作中でたびたび自問しています。自分が乗ることで世の中がよくなるなら、と、大人の期待に応えて無理をして乗っています。そして、ある時、エヴァに乗って立てた戦果を父に褒められたことから、父に褒められたいんだと言う自分に気づきます。

これは、子供達が直面している、親の期待に応えようとして、自分が望んでもいないことを一生懸命健気にやる姿を彷彿とさせます。それは、親に褒められたいから。親はそれを知ってかしらずか、子供を褒めて親自信が向かわせたい方向へ子供を導こうとします。厳しくして導こうとする親もいます。いわゆる、アメとムチで親は子供を操ろうとするのです。

シンジはたびたび悲鳴を上げます。訴えます。でも、大きな組織や社会からの期待、シンジ自身の責任感。それらが、逃げたいシンジを押さえつけてエヴァ搭乗へとシンジを駆り立てます。最初はいやいやであってもエヴァに乗っていたシンジ。一度逃げようとしたけど思い直してエヴァに乗り続ける事を選択したシンジ。

そんな、頑張る健気な少年シンジも、ついに堪忍袋の尾を切らすことになります。他人を殺すことさえ命じる親。他人を蹴落としてでも頑張れと励ます親の例えでしょうか。シンジはエヴァに乗る事を断固拒否し、親も諦めます。でも、仲間が傷ついている姿を見て耐えきれず、また、自分にしかできない役割を再認識して、再びエヴァに乗り込み、敵を倒します。

こんなふうに、自分の意思とは違う、周囲からの期待や役割に沿って生きようとする子供たち。それは子供達にとって酷なのではないか。子供達が本当に自分らしく成長していける世の中にしようではないか。大人の期待の押し付けから子供達を守ってあげようではないか、大人たちよ。

そして、子供達よ、自分で選んでいいんだよ。シンジがエヴァに乗らない、そんな世界だってありなんだよ。そんな問題提起が庵野監督からされているように感じました。

サブテーマ 孤独

また、このアニメでは、孤独や寂しさについてもかなり描かれています。

人は孤独を埋めるためにいろいろな事をしようとします。寂しさを何かで紛らわそうとします。親の承認を求めたり、成績や実績を残して認められたいと思ったり、性欲に任せて他人と心も体も一つになりたいと思ったり。

でも、結局は本質的解決になっていない。なぜなら、どこまで行っても人は他人と一つになることはできないから。体も心も別々だからです。

サブテーマ 人間の弱さと強さ

もう一つのサブテーマは人間の弱さです。敵である使徒は強く、人間は歯が立ちません。人間が作った兵器をもってしても歯が立ちません。対抗できるのは、エヴァンゲリオンのみ。

群れず、一体で十分な強さを持つ使徒。対する人間は、弱く儚い肉体と傷つきやすい心を持っている。心は人間を弱くもし強くもする。エヴァが単なるロボットでなく人間の心と共鳴して強さを発揮する、と言う設定です。心の持ちよう次第で強くも弱くもなる人間。心の重要性を、エヴァンゲリオンという一見SFチックなこのロボット映画で描いていたんです。

サブテーマ 親子の関係と世界との接し方

親との関係性がその人がまわりの世界と接する時の接し方に影響を与える、というのもサブテーマだと思います。

一番最初に人が求めるのは、親に認められたい、と言うこと。そして、なぜ親に認められたいかというと、親が一番最初に接する他人だから。特に、母親こそ一番最初に接する他人なのです。母親に認められたい。それは、孤独を埋め、安心感を得たいがために無意識でやっている行動なのです。

でも、親だって弱く不完全な人間です。いつでも満面の笑みで子供を受け入れ、子供が満足できる接触と承認欲求を叶えてあげられるとは限りません。子供を愛しているのに、たまたま偶然、子供が拒絶されたと感じる態度をとってしまうこともあるでしょう。

でも、子供の捉え方は、親が思うほど軽いものではありません。それこそ、世界から、全人類から自分が拒絶されたかのように受け取ってしまうことだってあるのです。そして、一度親から拒絶されてショックを受けた経験があると、以前のようには無条件では親の胸に飛び込めなくなってしまうのかもしれません。拒絶されるのが怖くて素直に親のところに行けない。人間には学習能力があって、学習能力は危険回避のために大変有用な能力なのですが、それが心にとってマイナスとも思える働きをする事があります。本当は親に抱きついて甘えたいのに、素直に甘えられなくなる。大人が、軽い気持ちで自分の都合で子供を拒絶したことが、子供の心に深い傷を残し、成長過程で子供を苦しめる、と言う事が描かれているように思いました。

親と子供の関係性は、世界にも影響を与えるような大きなインパクトのあることだという事が描かれていると思いました。

まとめ エヴァンゲリオンは子供讃歌

エヴァンゲリオンは、子供に対しては、「ありのままの君でいいんだよ、それだけで存在価値があるんだよ。」というメッセージを込めたアニメだと思います。

そして、副次的効果として、大人に対して、「子供がありのままの自分で生きられるような社会にしよう。」というメッセージも込められていると思いました。

皆さんはどんな感想を持たれたでしょうか?

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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