鬼滅の刃20巻を読んで 厳勝の考えに感じた違和感と厳勝が違う人生を歩んでいたらについての勝手な妄想

漫画
出典 鬼滅の刃20巻 吾峠呼世晴

*以下の記事には鬼滅の刃20巻のネタバレを含みますのでご注意ください。

鬼滅の刃20巻、表紙、かっこいいですよね!あんなかっこいい瞬間を描けるなんて呉峠先生、エクセレント!と思いました。内容も、つい何度も読み返してしまいたくなるほど心に残る内容でした。

特に、厳勝側から見た、縁壱と厳勝との過去についての記憶がとても心に残りました。

厳勝の縁壱に対する言葉、ひどくない?

その中で、厳勝からの縁壱に対する描写がいちいち心に違和感を覚えました。例えば、「気味が悪い」という言葉が、子供時代に厳勝が弟の縁壱に対して持っていた感情としてよく出てきます。

実の弟に対して、「気味が悪い」はいくらなんでもひどいんじゃないか?と思ったのです。

鬼滅の刃には兄と弟(不死川兄弟・時透兄弟・煉獄兄弟など)、兄と妹(炭治郎と禰豆子)、姉と妹(胡蝶姉妹)など、兄弟姉妹の関係にある主要な登場人物がたくさん出てきます。それらの関係はどれもお互いを思いやり相手を自分以上に大切に思い、相手を鬼に奪われたことに対する怒りや悲しみが彼ら彼女らを鬼刈りへの道へと駆り立てたと言っても過言ではないと思います。

それに対し厳勝の、縁壱に対する感情や言葉がとにかくひどい。まず目につくのは、厳勝の回想でよく出てくる「気味が悪い」という言葉です。弟に対して気味が悪いとそんなに何回もいうか?また、注意して読んで気づいたのですが、4百年前に老いた縁壱と再開したときの縁壱を描写する言葉。それは、「かつて」弟「だった」「生き物」と回想する言葉です。つまり、”今は”弟では”ない”。今はただの”生き物”と縁壱のことを言っているんです。あまりにもひどいじゃないか!やっぱり自分から鬼になるやつはどこか人としての優しさとかが欠けている、と1、2回読んだときは思いました。そして、鬼殺隊の兄弟姉妹愛との対比をして、やっぱり悪者には兄弟愛なんてのは理解できない代物なんだろうな、なんて思いました。

でも、それだけで片付けられない何かがこの鬼滅の刃には散りばめられているように私は感じます。

厳勝は本当に愛情のない、人でなしの兄だったのか?

以上の回想は、鬼となって400年経った現在の上弦の壱、黒死牟としての回想です。他の鬼たちのエピソードに散りばめられているとおり、鬼となると生前の記憶は薄れていくようです。そして、思考の上でも鬼舞辻無惨の影響を強く受けるようになります。無残はすべての鬼の思考を読み、働きかけることが出来るからです。それは、下弦の鬼が集合して無残にやられている場面や猗窩座の走馬灯の場面でも垣間見ることができます。黒死牟の思考も無残の思考に影響されるものになっていたと考えることもありなのではないでしょうか。

さて、400年前に80歳過ぎの縁壱に再開した場面のことです。たしかにこの場面で黒死牟厳勝は弟の縁壱に対し「かつて」弟「だった」「生き物」と回想しています。しかし、その後にわずかに心が揺れています。それを「予期せぬ」「動揺」に「困惑」したと回想しています。「奇妙な感傷」とも回想されています。これは何だったのでしょう?心の奥底からの声のようなものでしょうか?無意識に眠っていた、懐かしき弟に対する愛情だったのでしょうか?

子供の頃、厳勝は、父から止められていたにもかかわらず、父の目を盗んでまで縁壱と遊びに行っていたとのことです。そして、自分のものを縁壱にもあげようとしたけど父の目があったのであげられなかった。自分のものを弟や妹にあげようとする、これって、弟や妹に対する思いがないとできませんよね。兄弟姉妹がいる人は考えてみてください。兄弟姉妹と一つのものをとりあってけんかしたことってありませんか?しかも、自分のものをあげられないからと、笛をわざわざ作って渡しているんですよ。これ、本当に無慈悲な人でなしの兄だったらできませんよね。「可哀想だと思った」という哀れみから出ているとしても、弱き者に対して哀れむ、という心を子供時代の厳勝は持っていた、と言えると思います。

勝利至上主義が厳勝の人生を蝕んだ?

なぜ厳勝は強くなりたかったのか?厳勝という名前は父が強さと常勝とを願ってつけたそうです。そんな勝利至上主義の父。その期待にそぐえないものはたとえ子であっても見捨てられる。そんなことを幼心に感じ取っていたのでしょう。厳勝は強くなることを切に願い求めました。そして、強くなるために妻子を捨て、平穏な生活を捨て、鬼刈りになりました。そして、さらなる強さを求め、人であることを捨て、鬼になりました。

では、父の本当の願いは何だったのでしょうか?

前提として、厳勝らの父の生きていた時代はどんな時代だったのでしょう?大正時代は1912年〜1926年ですから、その400年前といえば1500年代前半。その2−30年前ですから1400年代後半から1500年代にかかる頃が厳勝の父が価値観を育んだ時代でしょう

時代背景でいうと、応仁の乱の1467年から豊臣秀吉が全国統一をした1500年代後半までが戦乱の時代なので、ちょうど厳勝の父の生きていた時代は、戦乱が始まり強くならねば殺されるという、強さが生き延びることと直結する時代だったと思われます。ですから、一族が生き延びるための手段として強くなるよう、あえて父は厳勝に厳しく強くなる道を歩ませたかったのだと思います。父も息子の幸せを望んでいたでしょうからね。おかげで厳勝は強くなった上で平穏な生活を歩むことができていました。ここまでは父の願い通り平穏な生活を厳勝は歩み、子も授かり、一族も安泰と思われる日々だったと思います。

ところが、厳勝は鬼に襲われます。配下は鬼にやられます。その時、自分の強さだけでは不十分だと実感したことでしょう。そこへ現れた縁壱に助けられます。弟が最強の鬼刈りとなっていたのです。しかも人格も申し分なかったと述べています。

ここで厳勝はどんな選択をすればよかったか?

まず、肉親である弟が最強の鬼刈りになっておりしかも人格申し分なし。とても頼れるじゃないですか。より一族安心というものです。この一族に鬼もうかつに手出しできないんですよ。そのまま平穏な日々を送っていればよかったんじゃないかと思います。

でも、厳勝は平穏な日々を捨てて強くなる道を選択しました。これだけ書くと、かっこいいですよね!よくある冒険物ではこれからどんどん強くなって強い敵にも勝てるようになって、というストーリーになりがちです。でも、そうならないというのがなんだかリアリティーがあって面白いなと思います。そうなんです。頑張ってもできないことってあるんですよね。頑張ってできるようになることもあれば頑張ってもできないこともある。悔しいですよね。情けないです。それでも、その悔しい気持ちに惑わされず、厳勝自身が強くなる、ということを諦める、という、苦渋の選択をしたほうが却って幸せな人生になったんではないかなと思います。

厳勝は縁壱を嫉妬もしていたが、愛してもいた。

厳勝の言葉には縁壱に対する嫉妬や憎しみの言葉が溢れています。でも、なぜでしょう。私は、厳勝が心の底では弟を愛してもいたように思えてなりません。

人の感情は複雑です。単純に好き、嫌いという言葉だけでは表せない複雑さを私達の心は持っています。複雑で揺れ動き移り変わる感情を便宜的に「好き」「嫌い」「憎い」などの言葉で表現しているだけに過ぎません。

たしかに、厳勝は縁壱の才能を妬み、羨ましく思い、自分がいくら頑張っても報われないことに対する絶望感や挫折感などを味わっていたでしょう。言葉の端々に現れています。

でも、80を超えて衰えた縁壱に対して感じた予期せぬ動揺。それは、血を分けた弟を自分の手で切らねばならぬことへの悲しさだったのではないでしょうか。

ただ、その思いも、縁壱の衰えぬ強さを見て吹き飛びます。そして嫉妬心が蘇ります。嫉妬が肉親の情をも覆い尽くします。「惨めな思い」。厳勝は縁壱と自分とを比較して自ら惨めな思いへと落ち込みます。そして、老いて寿命が尽きた縁壱の体を真っ二つに切ります。切る必要もないのに。縁壱の体と一緒に、あの、厳勝が縁壱にあげた笛も真っ二つに切れます。まるで肉親の情をも断ち切るかのように。

でも、その後に畳み掛けるように厳勝が縁壱を思っていたということが描写されます。場面は現在に戻ります。

お前が嫌いだ、と言いながらも厳勝の目に涙が流れます。

吐き気がする、顳かみが軋む、と言いながらも鮮やかに記憶している縁壱の顔

そして、黒死牟としての体が消えてしまった後残るのは、縁壱が最後まで持っていて、自分が真っ二つにした手作りの笛。厳勝は縁壱が持っていた笛を肌身離さず身につけていたんです。

黒死牟戦最後の決め手は縁壱?

首を再生して復活しようとする黒死牟の脳裏に子供時代の縁壱の姿と言葉が思い浮かびます。そして自らを省み、崩れてかけていきます。

出典 鬼滅の刃20巻 吾峠呼世晴

ここが鬼滅の刃の独特なところです。強い鬼の場合どんなに攻撃を受けても再生します。首を切られても再生する鬼もいます。無残が強さを煽って再生させ、更に戦いを続けさせようとします。でも、人間時代に築いた人との絆がその再生の無限ループにストップを掛けます。そして人の側の勝利に結びつきます。

鬼との戦いで最後の鍵を握るのは強さではありません。人との絆です。読み終わった後もなんだかジーンときます。

現代に当てはめると、現代においては強さはお金や権力でしょうか?知識でしょうか?いずれにしても身近な人との絆の大切さに改めて思いを馳せる事ができました。そして、価値観の優先順位についても改めて考えるキッカケになっています。

以上、私の個人的な感想です。みなさんもそれぞれ感想をお持ちだと思います。人それぞれ感じ方は違うと思います。一個人の感想をここまで読んでくださりありがとうございました。また気が向いたら読んでくださいね。

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